最近読んだ本について、気ままに書いてみました。

回 数 作 品 名 著 者 出 版 社 定 価 掲 載 号
第31回  ガラダの豚    中島 らも   集英社文庫 全3巻    各510円  2004.9(No215)
第32回  東京物語  奥田 英朗   集英社文庫   619円  2004.11(No216)
第33回  冷たい校舎の時は止まる   辻村 深月    講談社ノベルズ   780円  2005.1(No217)
第34回  幽霊人命救助隊   高野 和明  文藝春秋  1600円  2005.2(No218)
第35回  重力ピエロ  伊坂 幸太郎  新潮社   1500円  2005.4(No219)
第36回  夜のピクニック  恩田 陸   新潮社  1600円  2005.5(No220)
第37回  ハードボイルド・エッグ  荻原 浩   双葉文庫    695円  2005.7(No221) 
第38回  雷電本紀      飯嶋 和一   小学館文庫     730円  2005.8(No222) 
第39回  真夜中の手紙     小池 壮彦   学習研究社    1400円  2005.9(No224) 
第40回  銀河ヒチハイクガイド    ダグラス・アダムス   河出文庫 683円  2005.10(No225) 

第31回  『ガラダの豚』 中島らも 著

ああ、中島らもが死んでしまった。大酒飲んで階段から落ちての転落死は、いかにも彼らしい最期といえばしかられるだろうか。しかし、ぐうたらを装いながら(実は本当にぐうたらだったか?)既成の権威、権力に対して、徹底的に反発した彼の人生が、一見喜劇とも思える悲劇で幕を下ろしたのは、ある意味必然であったかもしれない。ある種彼の人生そのものが、不出来なアメリカン・ニュウシネマを髣髴とさせる。売れっ子のコピーライターから、ライトエッセイで好評を博していた彼が、本格的な小説デビューを飾ったのが本作品である。そしてこの作品こそが彼の真骨頂、「読者を楽しまそう」の精神に満ち溢れている。
 物語は、さえないアル中寸前の中年民俗学者が、美人妻の新興宗教入信をきっかけに、事件に巻き込まれていき、アフリカの大呪術者と戦う羽目になる。
 前述のアフリカの呪術を土台に、新興宗教、超能力少年、テレビの裏側、アフリカでの冒険に少年の通過儀礼、最後は「ダイハード」バリの大活劇。もう盛沢山でおなか一杯になってしまうのだが、まったく不完全燃焼と言うところがない。これでもかの読者サービスは「これぞエンタテイメント」といったところだ。
 しかしこの作品には、もう一つの重要な柱がある。主人公の民俗学者は、家族を守るため、本気になって戦うことにより、自堕落な生活と訣別することになる。そして妻は、愛娘を失った悲しみと正面から向き合うことで、今度は守らなければならないと決意する。そして長男は、いくつかの試練を経て強くなる。みんな「家族の絆」のために、戦い成長する。むしろそっちがらもさんの本音だったろう。
 まあ、あの世に行ってしまえば、大酒もドラッグも自由だろうが、残される家族と、「いつか書く」と公言していた本書の続編を、ほっぽり出された読者の身にもなってもらいたいものだ。
 とにかくさびしい・・・合唱。(英)

第32回  『東京物語』  奥田 英朗 著

80年代に青春時代(口に出すのも照れくさい表現だけどね)を送った人たちなら、ひょっとして一度は耳にした、あるいは口にしたことがあるかもしれない。
 曰く、「ジョン・レノンが死んだ時、何をしてた?」
 本書は、80年代の、「あの時」を定点に、一人の若者の成長を描くいわゆるグラフィティと言うやつだ。冒頭の一節、「ジョン・レノンの死」「キャンディーズの解散」「幻の名古屋オリンピック」「バブル景気」「ベルリンの壁の崩壊」いや、それ以外にも「江川の初登板」だとか、「北の湖の引退」だとか「いとしのエリー」に「ゴーストバスターズ」。
 80年代と言う時代は、ある意味「価値観の変換の時代」だったのかもしれない。60年代の「進歩と繁栄の時代」から70年代の「カウンターカルチャー」を経て、80年代の終わりには、とうとう世界を二つに分けていたイデオロギーすら崩壊する。
 わが国では、モーレツの時代から、一瞬ではあったけれど、ゆとりの時代とやらを通り過ぎ、バブルと言う見せ掛けの繁栄に突入する。その裏で、大量の無気力な若者を生む。 三流でもいいからと、大学に入るためさえない浪人時代を送り、4年間のモラトリアムを満喫しようとする(本書の主人公は、都合で中退するのだが)。社会人となり、周りの状況も見えずに、走り回ったり、手ひどい失敗で落ち込んだり。そんな主人公の成長の中で、こんな一節がある。
 「たぶん自分は、29歳にもなって、将来は何になろうなどと考えているのだ」
 本書の作者、奥田英朗は45歳で直木賞作家になった。常に何かになりたいと思い続けたせいかも知れない。
 ところで、ジョン.レノンが死んだ時、僕は何をしていただろう?(英)

第33回  『冷たい校舎の時は止まる』  辻村 深月 著

 ミステリに「閉ざされた雪の山荘」というシチュエーションがある。要は外部との連絡が絶たれ、脱出も不可能な場所に閉じこめられたグループが、一人、また一人と殺されていく、ないしは消えていくというネタだ。残された人物の中に犯人がいるのか?あるいは外部の者の犯行か? その辺がサスペンスをそそるのだが。
 この作品も典型的な「雪の山荘ネタ」である。ただ舞台は都会の普通の高校。珍しい大雪の日とはいえ、まともなら、特定グループの生徒だけが閉じこめられたりはしない。それをこの作者、あるウルトラCを使って可能にした。
(あんまり書くとネタばれするから書かないけどね)
 ある大雪に日、登校してきた男女八人の仲良しグループは自分たち以外誰も、教師でさえも登校してこないことに気づく。そのうち、校舎の扉は閉ざされ、どうしても開かない。更に校舎の中では時間さえも止まっている。不可解な現象の謎を追ううち、彼らはあることを思い出す。2ヶ月前の学園祭の時、自殺事件が起こったのだ。しかし8人はそのとき死んだクラスメートの名前が思い出せない。そうこうしている間に一人、また一人と消えていく仲間たち。あのとき死んだのは誰? そしてどうすればここから逃げ出せるのか?
 なかなかにサスペンスフルな展開なのだが、謎を解いていく過程で、彼らは「自分自身」と向き合わなければならない。それは彼らにとって非常に辛い作業となる。(あの時期って些細なことも一生の重大事だと思ってしまうもんだけどね)

 でもあの時期って、気のあった仲間と永遠に一緒にいたいなんて思ってしまったりするんだよねえ。それが悪夢であったとしても。それって押井守のアニメ映画『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』みたいなんだけれど、この作者ひょっとして影響を受けているか?いかん、いかんまたネタばれしそうになる。残りは読んでのお楽しみ。
 これだから、ミステリの紹介は難しい。  (英)


第34回  『幽霊人命救助隊』  高野 和明 著

 この前「四日間の奇跡」を紹介したときに、最近「泣ける話」が流行みたいだってことを書いたけれど、まあ、あまりの「泣ける本」の氾濫振りに食傷ぎみだったんだけれどね・・・。今回のこれはちょおっと反則だな。どっちかというとばかばかしい本だろうと踏んでたら、何度泣きそうになったか。最終章なんかは、あたしゃ、妻子が寝静まってから、目を真っ赤にしながら読み終えたもんです。
 いろいろな事情で、自ら命を絶った4人の男女。死んだときの年齢もばらばらなら、生きていた時代もばらばらの彼らが、神様から命を粗末にした償いとして、「百人の自殺者の命を救え」と命じられる。タイムリミットは49日。
 ねっ、これ聞いただけで、ばかばかしそうでしょ。まあ、確かに人物(ていうか幽霊だけど)設定が、ありきたりだとか、人物(ていうか幽霊)の心理描写も浅い、だとか、一つ一つのエピソードのテーマが、本来もっと重いものなので、解決が軽すぎるだとか。ずばりそんなことはどうでもいい。とにかく主人公4人のせりふ、一つ一つが心に染み入る。それは、悩めるものに、今まさに自ら命を絶とうとする者への福音である。欲得抜きで、ただ救うための言葉だ。そしてそれは、われわれが組合の世話活動の中で繰り返す言葉となんと似ていることだろう。
 そうだ、この自分らしく生きていくことが困難にもなろうとしている社会の中で、労働組合は、ある種「悩み解決お助け隊」であらねばならない。彼らに対する連帯感が、私の涙腺を思いっきりゆるくしたのかもしれない。
 えっ、持っていきかたが強引だって?まあいいじゃないですか。ほんとに感動したんだから。でもって言われてみたいじゃないですか、僕たちだって。「君たちは立派だった。無敵の人命救助隊だった。」って。
 そうなれるようにがんばろう。(英



第35回  『重力ピエロ』  伊坂 幸太郎 著

 「楽しそうに生きてればな、地球の重力なんてなくなる」
 今、最も旬の作家といえば、「終戦のローレライ」の福井晴敏かこの伊坂幸太郎か。とにかくデビュー作以来外れが無い。まあ、とにかく面白い。体裁はとりあえずミステリなのだが、連続殺人だとか、密室殺人だとか、けれん味たっぷりの事件が起こるわけではない。かといって、以前取り上げた、北村薫のような、日常派ミステリかというと、そうともいえない。日常の謎は日常の謎だが、かなりエキセントリックに捻じ曲がっていく。
 とにかく、彼の作品の魅力は、軽妙洒脱な会話の応酬だ。とにかく会話が多い。登場人物はのべつ幕なしに喋っている。その会話を笑いながら読んでいるうちに、いつの間にか彼の術中にはまっている。会話の多さというと、これも以前少し紹介したライトノヴェルと共通するところがある。しかしながら、文章力や構成力、さらに会話自体の熟成度は雲泥の差がある。ただ、これが新しい才能のひとつの旗手であることはまちがいない。
 今回はあらすじを読んじゃうだけで、本編の面白さが半減してしまうので、筋は書きません。キーワードは連続放火と落書きとDNA。ちょっとだけ変わった、だけど最強の兄弟と家族が、ひとつの壁を乗り越えていく話だ。

 前述のとおり、この作品も軽妙な掛け合いのオンパレードで、まあ自分でも使ってみたくなる。
 で、冒頭の一行になる。悲しいことに、今、僕の足はしっかりと地面を踏みしめている。帰宅して、妻と子供の寝顔を見るとき、少し足が浮き上がる。
それは、ベッドに乗り掛かっているせいでは決して無い。
 もう一度書く。少しだけ、悲しいことだ。(英)


第36回  『夜のピクニック』  恩田 陸 著

ああ、しまった! まだ大丈夫、次のネタに、次のネタにって回してる間に、『本屋大賞』は取ってしまうわ、ベストセラーにはなるわ、編集長まで先に読んじまってやんの。これじゃあ、ぼくが紹介する意味もないか。やめよう、と思ったんだけれど、まあ、未読の方もおられるでしょう、と思い直しましてね。(へっ、実は他にネタを用意してなかったのさ)
 さて、この『夜のピクニック』、前出のとおり『第2回本屋大賞』を受賞。この『本屋大賞』、全国の新刊書書店の店員さんの投票によって決められます。つまりこの本は昨年度の本屋さんの「お勧めNo1小説」ということです。 
 舞台は、とある高校。毎年行われる一大イベント「歩行祭」。これは夜を徹して80キロを歩きとおすというもの。3年生として、最後のこのイベントを迎える主人公は、心密かにひとつの願いを賭ける。それはかなえられるのか? 
 いや、悪口を言うわけではないけれど、恩田陸という人はファンタジーにはじまって、SF、ホラー、ミステリ、と幅広い作風を持ちながら、いつも少し食い足りない。最初、すごく魅力的な謎が提示されて、夢中になって読んでると、どんどん、どんどん膨らんだ謎がいきなりしぼんじゃったり、変なところに飛んでったり、なんだかラストで肩透かし食っちまうケースが多かった。なまじ文章力や人物描写、アイデアに秀でているだけにどうもね。(ファンが多いので恐縮だけど・・・)
 ただ、この作品は、奇をてらうプロットではない。高校生活の一断面を淡々と描いた分、彼女の負の部分が表に出ず、良さのみが表に出た。やっぱり上手い。最後は、主人公たちと一緒に夜を徹して歩きとおしたような、爽快感。恩田作品としては、ひさびさにカタルシスが得られる作品です。
 しかしここの所、このコラム、「ええ話」が連発してるような気が・・・。次ぎあたりは、久々にバカバカしいやつにしたいなあ。(英)


第37回  『ハードボイルド・エッグ』  荻原 浩 著

伊坂幸太郎、恩田陸、と今旬の作家を取り上げてきましたので、今月は荻原浩の出番でしょうか。若年性アルツハイマーを描いた「明日の記憶」でブレイクしましたねえ。山元周五郎賞も貰っちゃいましたし。で、本作はその荻原のブレイク前の一冊、『ハードボイルド・エッグ』。題名でピンと来る人もいるかもしれないけど、ハードボイルド小説のパロディになっている。
 主人公の「私」は、私立探偵。フィリップ・マーロウにあこがれて、彼のように生きようとするのだが、持ち込まれる事件は、行方不明のペット捜索ばかり。「私」とダイナマイト・ボディの秘書が、ハスキー犬捜索を解決した直後に、殺人事件に巻き込まれる。その背後にあるものとは? 
 まあ、この荻原浩。上手なんですよ、この人も。前半を読んでいると、どう見ても馬鹿馬鹿しい話と油断していると、中盤から少し毛色が変わってくる。苦い現実と、ちょっと間抜けなアクションシーンの後、思わぬところから涙腺を攻撃される。この作品、パロディの体裁をとっているが本当のテーマは「理想と現実」なのだろう。
 マーロウを気取りながら、ペット探しに明け暮れる「私」をはじめとして、この作品の登場人物の大半は理想と現実のギャップに苦しむ。なろうと思っている自分、なりたいと思っている自分。なりたいと思っていた自分。そして現実の自分。人の憧れに対して、いつも現実は容赦が無い。その狭間で人は悩み、苦しむ。世の中の大半の人間は、生きていくために現実を選ばざるを得ない。「人はなりたいものになるのではない。なれるものになるのだ。」苦い言葉だが、至言かもしれない。
 ところで4歳になる僕の息子に聞いてみた。
 「将来、何になりたい?」
 「仮面ライダー響鬼! 結構鍛えてます」
 ・・・まあ、とりあえず、がんばりたまえ。(英)



第38回  『雷電本紀』  飯嶋 和一 著

 最近、貴だ、若だと、なんともにぎやかな相撲界なのだが、かくいう僕は幼少のころから結構な相撲ファンで、相撲の知識に関しては、そこそこブイブイ言わしたりしているのだけどね。というわけで今月のご紹介は『雷電本紀』。江戸時代の古今無双、伝説の最強力士、雷電為衛門の一代記である。
 凶作、飢饉、貧困に悪政が吹き荒れた天明、寛政年間、彗星のように現れた一人の力士。巨人のような体躯、野獣のような闘志。それまでの相撲の常識を覆すような荒々しい取り口で相手をなぎ倒す無敵の力士、その名を雲州雷電為衛門。いつしか彼は民衆の英雄となっていく。
 自身、浅間山の噴火による未曾有の飢饉と、一揆を潜り抜け、力士として江戸に立った。彼が打ち破ろうとするのは目の前の相手力士だけではない。飢餓、貧困、悪政、世にはびこる悪しき物すべてを打ち破らんと戦う。彼の四股は、神を怒り、天を怒り、人を怒り、世の民を苦しめる一切の物を、打ち鎮めるかのように踏まれる。とにかく雷電(この人、土俵を離れると、すごくインテリで温厚なんだけどね)をはじめ、もう一人の主人公、雷電と友情を交わし、彼を支援する商人、鍵屋助五郎。さらに脇を固める登場人物のあらかたが、「格好良い」。
 この時代、力士はすべて、有力大名のお抱えでありいわば権力者寄りである。助五郎もそこそこの店の主だ。しかしその中で、彼らは権力になびかず、自身を驕らず、さりげなく人のために施し、誇り高く生きる。それが「格好良い」。 まあ、世の中相撲ファンばっかりじゃあないだろうし、興味の無い人にとって、長々と続く相撲の描写は鬱陶しいかもしれない。しかし激動の時代の民衆の英雄譚として、お勧めしたい一冊だ。
 最後に一言。「格好良い」ということは、「そうなりたい」ということだ。(英)

第39回  『真夜中の手紙』  小池 壮彦 著

 何をやってもうまくいかないときというものはあるもので、ちょいと今月はひどいスランプだ。今人気の(あたしゃ大嫌いだけど)細木某なんかに言わせると、星のめぐりが悪いか?それとも前世の行いのせいか?先祖供養してないせいか?というわけで、今月は夏の夜のお楽しみ、怪談本を一冊。
 まあ、大変奇妙な本だ。作者の小池壮彦は「怪奇探偵」を自称して過去にも有名な怪談や「心霊スポット」と称されるところを克明にルポし、「怪談が形成されていく過程」をつまびらかにする。まさにそれは、探偵や刑事が事件を追う姿勢そのもので、ミステリとしての楽しみも提供してくれる作家だ。まあ、本書にもその類のルポが3本ある。
 「世の中には不思議なことなど無い」と言い切ったのは京極夏彦だけど、怪異とよばれるものを追いかけていくと、発生の原因の多くは災害や事故の死者に対する悼みの気持ちであろう。そして一度怪異が語られると、後は偶然さえも巻き込み、尾ひれがどんどん伸びていく。最後には、まったく信憑性の無い噂話まで引っ付いてきて、心霊スポットの出来上がり。
 幸か不幸か、私はその手の怖い目にあったことが無い。だからあんまり信じてはいないのだけど、まあ幽霊が一番怖いというのは、平和なことかもしれない。幽霊よりも人間の方が怖いという時代こそが恐怖だろう。
 しかしまあ、今月の調子の悪さはなんなんだろうねえ。単なる夏ばてだとは思うけど、いっぺん行っとくかあ?墓参り。
 (しかしまあなんだけどね、夜中の2時にこんな原稿書くか?俺も)    (英)

第40回  『銀河ヒッチハイクガイド』  ダグラス・アダムス 著

 なんと、銀河ヒッチハイクガイドが映画になったらしい。と言われて、ほおっと思った人は、まず40代の人だろう。まあ大変数は少ないだろうけれどね。本書は、80年代のSFシーンに首を突っ込んでいた人なら、おそらく忘れられない一冊ではあるまいか。
 ある日突然、地球は消滅した。知らないうちに銀河バイパスの建設用地に指定され、立ち退き命令まで出ていたのだ。たった一人生き残った、さえない男アーサーは、友人のフォード(実はたまたま地球に居ついていたペテルギウス人)に助けられ二人で、宇宙をヒッチハイクする羽目に。
 この小説、実はイギリスのBBCラジオで放送された連続ドラマのノヴェライズ。当時カルト的な人気を得、このノヴェライズのベストセラーを筆頭に、テレビドラマやレコードまで大変なヒットとなった、らしい。
 内容はというと、同じBBCが製作した、かの悪名高き、ブラックコメディ『モンティ・パイソン』をSF的にし、7080年代に同じくカルト的人気を博した、アメリカ作家カート・ヴォネガットの雰囲気をプラスしたと言うところ。えっ、かえってわかりにくい?とにかく、お話は行き当たりばったり。シュールでブラックなギャグというか、わるふざけが連発され、けれど、根底に流れるのは、ペシミズムというか、まっ、こんなもんだ、と言う達観。
 しかし、宇宙最高のコンピュータが750万年かけて到達した、「生命と宇宙と万物についての究極の疑問の答え」が、○○とはねえ。(答えの知りたい人は、すぐに本書を注文!)
 まあ、世の中何が起こるかわからないのだから、小さいことでくよくよするのはやめとこう。よほどわけのわからない事態に直面しても、銀河をヒッチハイクするよりましだろう。そういうものだ。
 今回、僕が所有している新潮文庫版は絶版になっていて、入手できません。河出文庫版の復刻版をどうぞ。ただし訳者と表紙が変わってますのでご注意を。 (英)