最近読んだ本について、気ままに書いてみました。

回 数 作 品 名 著 者 出 版 社 定 価 掲 載 号
第81回  ボッコちゃん    星 新一   新潮文庫      500円  2010.11(No270)
第82回  酔って記憶をなくします  石原 たきび  新潮文庫   400円  2011.1(No271)
第83回  小暮写真館  宮部 みゆき  講談社  1900円  2011.2(No272)
第84回  写楽 閉じた国の幻  島田 荘司  新潮社  2500円   2011.4(No273)
第85回  十八の夏   光原 百合  双葉社  1600円  2011.5(No274)
第86回  ぼくは落ち着きがない  長嶋 有  光文社文庫   476円  2011.7(No275)
第87回  謎解き古代文明  ASIOS編  彩図社  1429円  2011.8(No276)
第88回  見知らぬ明日  小松 左京  ハルキ文庫   480円  2011.9(No277)
第89回  本棚探偵の回想  喜国 雅彦  双葉文庫   819円  2011.11(No278)
第90回  阪急電車  有川 浩  幻冬舎文庫 533円  2012.1(No279) 

 第81回  『ボッコちゃん』 星 新一 著

今、10歳になる息子にせがまれて、休みの日は寝る前に「お話」をする習慣が続いている。最初のうちは小話や昔話をしていたが、だんだんネタに詰まってきた。で、ある日、ショートストーリーを一つ話したら、これが大受けに受けた。それが、本書の中の一編「おーい でてこーい」。面白がって次の話をせがむ息子を見ながら、ふと感慨にふけった。
 我々の年代であれば、作者、星新一については、もう言わずもがな。知らぬ人のほうが少なかろうが、若い人(やな表現だねえ)には解説が必要か?
 日本SF界のパイオニアにしてショートショート(極短の短編小説)の元祖。生涯に執筆したショートショートが1000有余編。当時、超のつく人気作家、特に中高生には絶大な人気を誇る作
家だった。中学生の時に初めてその作品に出会った私は、目に入る著書を手当たりしだい読みふけり、いつしか病膏肓に入り、そう、私を馬鹿本マニアにいざなった人なのだ。
 ただ年をとるにしたがって、いつの間にか彼の本を手にしなくなっていった。最近の中高生の愛読書にもあまり挙がらなくなった。
 今、もう一度この本を開くと50年以上も前の作品だというのに、ほとんど古さを感じない。息子のお気に入りの「お話」も数多い。著作の何篇かは、最近アニメ化されて大評判だったらしい。やっぱり本当に良い物は、世代を超えていくのだ。 著作はすべて息子のために残しておこう。いつか「読書の楽しみ」に目覚める時の鍵を添えて (英)

第82回   『酔って記憶をなくします』 石原 たきび 著

いやあ、いつの間にやら年末だねえ、今年は一味違うけど・・・。というわけで、年末といえば忘年会。「忙しすぎてそんな暇あるか」とか「あたしゃ呑めない」とかいう向きもあろうとは思うのだが、総じてお酒を呑む機会の多い時期であろう。(いや時期に関係なく、呑むやつは呑むのだが・・・)かくいう僕も嫌いではない。いや、むしろ好き。で、お誘いの待ち合わせの合間に、書店をのぞいて見つけたのがこの本である。
 色々やっとるなあ。(苦笑)題名どおり、全国の酔っ払いの皆様がやらかした失敗談&武勇伝のオンパレード。
 確かに酔っ払いって想像を絶することをするんだよな。乗り過ごしや、モノの紛失なんてカワイイもの。記憶をすっ飛ばすと、絡む・騒ぐ・所かまわず寝る・流血する・変なモンをお持ち帰りする等々、まったく面白いというか、たちが悪いというか。やらかした後は深く反省するくせに、だからといって酒をやめるわけではない。まあはた迷惑な人種ですな。え、いやいや私なんて、かわいらしいモンですよ。四条大橋の欄干から、鴨川に落ちかけたとか。(死ぬぞ!)高瀬川には、ホンマにはまったとか。(これは、たいしたことない)18回同じことを喋ったとか。コンビニ店頭の缶コーヒー、全種類買ったとか・・・そんなモンです。
 皆さんも、とにかく飲酒運転と某歌舞伎役者みたいなトラブルだけは、絶対にやめてくださいね。それ以外なら、朝起きたら、不二家のペコちゃんが隣で寝ていたなんて、よくあることですから。(めったにあるか、そんなこと! しかもアカンやろ、それ!) (英)

第83回  『小暮写真館』  宮部 みゆき 著

ふー、やっとこさ読み終わりましたよ、「小暮写真館」。宮部みゆきの実に3年ぶりの現代物エンタテインメント(最近、時代小説ばっかりだったからねぇ)だというのに、今頃になっての読破とはファンの風上にも置けないといわれそうだが、この本の総ページ数は700ページ。高い、長い、重いの「三重苦」。なかなかに手が出せなかったンすよ。だいたいね、このコラムでは、「どこから、そんな本を」といわれるような本を探し出してくるのが妙味で、それからすると宮部みゆきは、競馬なら一番人気の馬券を買ってるようで、あんまり紹介する面白みが無いのだけれど。
 話は主人公、花菱英一の父が夢のマイホームに、古びた元写真館を買い取るところから始まる。酔狂にも父が看板までそのままにしておいたことで、写真屋の息子と勘違いされた英一の下
に、妙な写真が舞い込んで来る。
 いやあ、宮部さん。やっぱり『鉄板』っすね。絶対はずしませんねえ。とにかくストーリーテリングの見事さは絶品です。本作はいわゆる日常派ミステリに分類されるのですが、ミステリとしては少し反則かな? 不思議は不思議として、ちょっと残っちゃてるからねえぇ。でもそんなことは、たいしたことではないわけで、人物描写、さまざまな伏線、文体、圧倒的な小説としての完成度は、トリックや謎解きばかりに血迷って、ストーリーを破綻させている一部のミステリ作家とは比べようも無い。
 ひとつだけ文句を言わせてもらえれば、この本、とにかく重いのだ。通勤電車で読もうもんなら疲れる、疲れる。これから読もうと思う人、手首鍛えたってやあ。(英)



第84回
   『写楽 閉じた国の幻』  島田 荘司 著 

東洲斎写楽という浮世絵師をご存知だろうか。大変有名なだけに名前ぐらいは聞いたことがある人が大半だろう。
 江戸時代は寛政年間に突如現れ、わずか10ヵ月で忽然と消え去る。その間に残した作品群は、ベラスケス、レンブラントと並び称されるほどの国際的評価を受ける。いや、それよりもあまりに謎の多い人物だけに、「写楽の正体は誰だ?」と常に議論を呼んできた。
 数年前、明石散人という作家が「東洲斎写楽はもういない」という作品で、過去の文献を細かくあたることにより、写楽は「阿波の能役者、齋藤十郎兵衛」であると結論付け、これで決着がついた、と思われていた。
 しかし島田は文献には現れない当時の矛盾点を突き、その説に異を唱える。
 いやあ、写楽の正体というのは、前述の明石をはじめ、さまざまな人がさまざまな説を出していたのだが、構想20年のこの島田の説は、写楽にまつわる多くの矛盾を一挙に解決するというパワーを内包する。その分かなりタブーの領域にも踏み込んでいく。正体を少しづつ、外堀から埋めていく論理展開は、ミステリィの醍醐味である。
 ただこの島田荘司、ファンの多い作家なので恐縮だけど、いつもアイデアがプロットに昇華されないというか、むき出しのままというか、今回の作品でも、中心になりうるストーリーと写楽の正体探しが、結局融合されぬまま終わってしまい、尻切れとんぼなのがはなはだ不満なのだ。
 続編の用意があると後書きで書いているが、また20年待っとらなあかんのか・・・。
 まあ、気長に待たなぁしゃあないか。(英)



第85回  『十八の夏』  光原 百合 著

北村薫が「空飛ぶ馬」を発表して以来、「日常派ミステリ」は、ミステリ会でも人気が高いジャンルで、このコラムでも結構多くの作品を取り上げている。(「氷菓」の米澤穂信や「重力ピエロ」の伊坂幸太郎なんかはこれの変形ですね)今回紹介する本作もこのジャンルの佳作である。
 表題作を含め、4本の短編からなる短編集だが、全作味わいの違うテイストでまとめられており、女流作家らしい丁寧な創りの作品集といえる。
 特に、僕は表題作がお気に入りで、ちょっと俗っぽい内容を伏線を駆使して、丁寧にまとめた印象なんだけど、ラストのくだりなんかは「ああ、こいつは『おもいでの夏』だわ」と思わず膝を打ったりなんかする。(「おもいでの夏」を知りたい人は『ディスクピアでつかまえて』で確認しよう。組合のHPへ)
 総じて、「日常派ミステリ」っていうのは、大仰な『謎』がない分、派手さに乏しく、謎解きもロジカルさに欠けるケースが多い。下手な書き手が書くと『一発芸』に近くなる。本書の作品のいくつかも「ミステリか?」と問われれば首をかしげる向きもある。たいがい途中でネタばれする。しかしながら、ストーリーの構成、抑制の効いた、けれどちょっと小粋な台詞回し。ラストをぴしりと閉める文末の一行。また、全作品、作中で『花』を重要なモチーフとして使用することにより、一見ばらばらな作品に統一感を持たせている。
 小編佳品とはこういう作品のことをいうのだなあ、やはり作者の手の入れ具合なのだ。と改めて感じ入ったしだいである。 (英)




第86回  『僕は落ち着きがない』  長嶋 有 著

 とある高校の地味な文化部を舞台に、日常を淡々と描く、っていえば米澤穂信の「古典部シリーズ」だとか、似鳥鶏の連作だとか、このコーナーでも良く取り上げているけれど、それらは一応『日常派ミステリ』であって、結構いろいろ事件が起こるし、解決の結果としてカタルシスが生まれる。それに対して、この作品、特別なことは何も起こらない。
 主人公、望美が所属しているのは、とある高校の「図書部」。図書室の運営を担う部活動で、図書室をベニア板で区切って作った「部室」に入り浸る部員たちの毎日。くだらないおしゃべりに興じ、お菓子を食べ散らかし、本を読み、音楽を聴き、喧嘩をし、大騒ぎをし、挙句の果てに怒られる。
 ああ、懐かしい。ぼくの高校時代も概ねこんな感じだった。体育会のように試合や大会があるでなし。美術部や書道部みたいに大きなコンクールがあるわけでもない。ある意味自己満足の世界で、毎日ぐうたらやってたんだよねえ。だからといって誰に怒られるわけでもない。けれど何にも事件が起こらないっていったって、毎日何かはあるわけで、それなりに悩みもすれば、怒りもする。友情を育めば、密かにあこがれる人もいる。傍から見れば、くだらないことでも本人、結構真剣だったりする。
 「こんなものは青春じゃない!」とか叫ぶ、元テニスプレーヤーみたいな人もいるだろうけれど、それはそれで、もう還らない忘れがたき日々だったのですよ。
 いまや飄飄と日常を生きていくことが、結構大変だったりするもんでね。(英)    



第87回   『謎解き古代文明』   ASIOS編

 いつの世も、「超古代文明」というのは、人のロマンとやらを掻きたてるものらしい。「ナスカの超巨大地上絵」とか、「エジプトのピラミッド」だとか、現代の文明をもってしても建造が難しい、いわんや古代の未開人には造れるはずもない、などという謎である。僕の少年期には、デニケンなる人物が「宇宙人来訪説」をとなえ大流行したし、つい10年程前には、グラハム・ハンコックの「神々の指紋」という超古代文明本が、世界中で大ベストセラーになったものだ。
 本書ではそういう謎とされていた事象や伝説を取り上
げ、一つ一つ調査を行い検証していく。いきおい、巷に流れる「超古代文明本」に対して否定的な内容となる。
 単純に面白いからと無批判に信じ込む人は別として、「超古代文明」を信じる人々にはある共通点がある。それは、人類の発祥がアフリカ大陸であり、文明の発祥がアジア、アフリカであることを信じたくない人達だ。その中には、世界が神により創造されたのだ、という人々も含まれる。そういう人たちにとって、古代の巨大建造物は、失われた(自分たちの祖先の)文明によって築かれた。あるいは神(宇宙人?)によって技術を授けられた。などという説は、耳障りのいい話に違いない。まあ、そういう人たちのゆがんだプライドはともかくとして、それを無批判に信じ込むというのもどうだろう?
 ちょっと考えてみれば済むことで、ナスカ文明って日本の古墳時代ぐらいなんだけど、仁徳天皇陵を宇宙人が作ったって言う人はあんまりいないよねえ。ああ、それってちょっと畏れ多いか。(英)



第88回  『見知らぬ明日』 小松 左京 著

嗚呼、小松左京先生がお亡くなりになられた。まあ、随分前から体調を崩されていた様なので、来るべきものがとうとう来たか。といった感じなのだが、7080年代のSFシーンの洗礼を受けて来た者としては、ただただ寂しい。
 小松左京の代表作としては、以前ここでも紹介をした空前の大ベストセラー「日本沈没」、初期の傑作「復活の日」等、枚挙の暇も無いが、私が特に好きなのが本書、「見知らぬ明日」である。
 70年代初頭、中国奥地で大規模な戦闘が発生した,との報が世界に流れる。内乱か、国境紛争か、詳細は皆目わからない。おりしもソ連(!)出張を命じられた山崎が、不測の事故により、不時着を余儀なくされた現場で見たものは?
 いわゆる異性人による「侵略物」なのだが、この作品、異性人の姿形や目的には一切触れない。物語の大半は地球人の行動に割かれる。未曾有の危機にすら、情報公開を拒否する中国。それを声高に非難するアメリカ。力で対抗しようとするが、かなわないソ連。国際社会での発言力に乏しい日本。国家間の利害や不信から「敵」に対する協力体制は遅々として進まない。登場人物がいみじくも言う。「地球人の敵は宇宙人なんかじゃない、地球人の敵は地球人そのものだ」
 地味な作品なのだが、小松のリアリティの高い設定がより高い緊迫感を生む。ポリティカルシミュレーションの傑作といえる。と、ここまで書いたところで気がついた。ひょっとしてこの本、絶版ではないかしらん。もしそうならすまん。読みたい人は図書館か、古本屋をあたってくれ。健闘を祈る。 (英) 



第89回
  『本棚探偵の回想』 喜国 雅彦 著

ふーっ、ピンチなのである。まあ、甘く見てました、引越しというやつを。PCは動かんようになるわ、ネットはつながらんようになるわ、気がつくと20数個のダンボール箱に囲まれ、途方にくれている自分がいたりする。まあ、約1名、自業自得だとのたまう奴がいる。(私の嫁だ)
 しかし確かに多すぎるかもわからんなあ、この本の数は。「そうだよ、引越し業者も、いい迷惑だよ!」というような、批判に対しては、私は本書のシリーズをもって回答としている。ギャグ漫画家にして、稀代の古書マニア、喜国雅彦の痛快エッセイ、「本棚探偵シリーズ」。タイトル通り本の収集にまつわるエッセイだ。最近、第3弾が発売になったが、これはその2冊目。えっ、何故1冊目を紹介しないのかって? 1冊目はその辺のダンボールの底に眠っいるはずだ。多分・・・。
 うむ、上には上がいる。いやまあ、彼らはそれを生業としているのであるから、アマチュア(?)の私なんぞ足元に及ぶはずも無い。しかし考えることは一緒らしく、一度はやってみたいと思ったことを、実際にやられているから、面白いというか・・・腹ただしいいというか・・・。
 角川から出ている、「横溝正史シリーズ」を全部揃えるだとか、手持ちの文庫本で、オリジナルの全集を作るだとか、まったく時間と、財力と収納スペースがモノをいう話だぜ。
 ともあれ、馬鹿本マニアの生態、というものを知らしめるには最適の一冊で、一度嫁にも読ませてみたのだが、それによって理解が深まることなど、当然なかった。
 というわけで、私は今やっぱり、20数個のダンボール箱に囲まれ、途方にくれている (英)

第90回   『阪急電車』  有川 浩 著

うーん、100万部売れて、映画にもなった「阪急電車」。みんなはもう読んじゃったよね。地元の人多いし。だからこの作品が「モノ」を媒介として、「人」が絡まりあう、まあ伝統的な連作短編形式をとっているだとか、一話の主人公が次の主人公に橋渡しをする「バトンタッチ形式」だとか、そんなくだらないウンチクはもういいよね。
 すごくファンの(それも熱狂的な)多い作家だし、作品自体も良い評判しか聞かないので、少し恐縮だけど、この作品、ある意味、有川浩の現時点での魅力と限界を示した作品だろうねえ。魅力は「素直」限界は「薄さ」。
 この作家は以前に取り上げた時にも言及したけれど、ライトノベル出身の人で、大変リアルな設定をする割にとにかく「キャラ立ち」をさせたがる。キャラクターの魅力を書き込もうとするあまり、かなり極端に走る傾向がある。勢い登場人物は物語から浮き上がり、妙な感覚を示す。まあ、「それが魅力だ!」って人も多いンだろうけどね。
 この作品、その内容上おそらく意識的に、その部分を抑えてきているのは評価できる。ただ、気になる所は登場人物の絡みがほとんど恋愛ネタで、お互いの価値観もほぼ一緒という点。主要な登場人物がみんな同じことを是と感じ、同じことを不快と思う。これは作品に予定調和的心地よさを醸し出す反面、作品の深みを損なう。
 いや、これはもともとそういう話なンだから「素直」に楽しむべきなんだわさ。まったく最近ひねくれちゃっていけねえ。「人の恋路を邪魔する奴は・・・」。
 えっと、その後は何だったっけ? (英)